当尾の石仏巡り(1) 京都ゆうゆう歴史街道いづみ路読本1

当尾の石仏巡り 京都ゆうゆう歴史街道いづみ路読本
浄瑠璃寺及び岩船寺のある「当尾の里」と呼ばれる地区には、石仏や石造物の優品が多く残り、石仏めぐりの里として知られています。
ここは奈良から近く、鎌倉時代には南都寺院のあり方に疑問を抱いた聖が活躍し、野に山に仏を刻み、また巡拝することが盛んに行われた地域でもありました。
当尾の石仏の特徴としては、鎌倉時代や南北朝時代に遡る古像が多いこと、摩滅が進んでいず、顔つき、体つきもくっきりとした大変保存状態のよい像が多いこと、そして銘文をともなうものも多いことがあげられます。
ざっと数え上げただけでも70体を超えます。

#01_浄瑠璃寺道丁石笠塔婆 【南北朝】

丁石は加茂の里から浄瑠璃寺まで1丁(約109m)毎に浄域に近づく際の笠塔婆で、鎌倉時代末期に建てられました。
それぞれ上部に梵字が刻まれています。
種子は「アーンク」:胎蔵界大日)
焼け仏の手前に建っている丁石で、笠は欠失し、頂部に?(ほぞ)が残る
向かって右の種子は、「ヴァーンク」:金剛界大日如来
今は浄瑠璃寺参道の笠塔婆を含めわずか 4本しか残っていません。

#02_ツジンドの焼け仏 【元亨3(1323)】
西小三叉路近くの旧道に建っています。
「ツジンド」とは「辻のお堂」のことでしたが、火災で焼失し、石仏も損傷を受けました。
中央に阿弥陀如来、両脇に錫杖を手にした十一面観音と地蔵を従える堂々とした石仏です。
浄土信仰と地蔵信仰が結合した所産です。

#03_たかの坊地蔵(西小地蔵石仏)
(南北朝時代、花崗岩、高さ 168Cm 像高 115Cm)
小さな石仏群の中の、舟形の光背の矢田型の地蔵尊です。
風化してよく見えませんが、頭の周りには蓮弁の光背が刻まれています。
地蔵菩薩立像は、縁取りのある船形光背を負い、右手は施無畏印で錫杖をもたず、左手は胸前で宝珠を持つ、矢田寺型地蔵の形をとる。
他の石仏群は室町時代のものです。

#04_西小(にしお)墓地石仏群
埋没や盗難などを防ぐため、かつては周辺に散在していた無縁墓や石仏が集められています。
当尾では数多く見られる石仏群ですが、それぞれ小石仏ながらこれ程まとまった石仏群には圧倒されます。

#05_西小五輪塔 【鎌倉】★重要文化財
西小墓地入口の二基で、当初はこの墓地の総供養塔として建てられました。
向かって左側の反花座は、側面を三区に分けた格狭間(こうざま)と呼ばれる装飾が入り、右側は反花座のみとなっています。
どちらも重要文化財に指定されています。 


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