歴史街道いづみ路-椿井大塚山古墳

椿井大塚山古墳(つばいおおつかやまこふん)、京都府木津川市山城町にある椿井大塚山古墳は古墳時代前期の前方後円墳である。
南山城を貫流する木津川が,東の伊賀から山城に抜けて北へと流れを転ずる付近に位置する。
国の史跡に指定され、出土品は国の重要文化財に、石室天井石は木津川市指定有形文化財に指定されている。
古墳時代初期の前方後円墳(出現期古墳)である。小林行雄博士は、三角縁神獣鏡を分類して7つの型式に大別した場合、この古墳の出土品では最古型式から4番目までの新しい鏡が含まれていたので、3世紀末の造営とした。

昭和28年(1953)、国鉄奈良線の拡幅工事の際に竪穴式石室が偶然発見され、当時最多の三角縁神獣鏡32面が出土した。

三角縁獣文帯四神四獣鏡
(椿井大塚山古墳出土)
内行花文鏡2面、方格規矩鏡1面、画文帯神獣鏡1面など計36面以上の鏡と武具が出土した。36面以上というのは他の鏡の破片数点が出ているのと盗掘で行方不明になったものがあった可能性が出てきたためであった。
多数の銅鏡を棺の中に入れる習俗が古墳時代前期には西日本や中部地方で急速に拡がった。それらの鏡が、短期間にほぼ同一場所・地域で製作されたと推定されている。
また、日本最古の刀子も出土している。
武器・武具では、鉄刀7本以上、鉄剣十数本以上、鉄矛7本以上、鉄鏃約200本、銅鏃17本、鉄製甲冑1領が、工具・農具では、鉄鎌3本、鉄斧10個、鉄刀17本、鉄製ヤリカンナ7本以上、鉄錐8本以上、鉄ノミ3本以上が、漁具では、鉄銛十数本、鉄ヤス数本、鉄製釣針1本が出土している。このほか、鉄製冠ではないかと疑われる鉄製品がでている。
三角縁神獣鏡はすべて「舶載鏡」とされるもので,その後,この鏡が大和政権から各地に配布されたとする「同笵鏡論」をはじめ,小林行雄博士が古墳時代論を展開する上での重要資料となり,また大塚山古墳は最古の前方後円墳のひとつとされることになった。
以上のように,椿井大塚山古墳は,古墳研究史上きわめて重要であるとともに,古墳の規模および副葬品の豊かさの点でも今なお群を抜くものである。